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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)333号 判決

控訴人(原告) 工藤岩雄

被控訴人(被告) 青森県人事委員会

原審 青森地方昭和三二年(行)第三号(例集九巻六号119参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、控訴人が青森市教育委員会の昇給措置拒否処分につきなした不利益処分審査請求に対し、被控訴人が昭和三〇年一一月一二日付却下通知書を以てした右審査請求を却下する旨の処分はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出、援用認否は、控訴代理人において、地方公務員法第四九条により地方公務員から人事委員会に対し不利益処分の審査請求があつた場合、人事委員会はその請求が法定の期間を徒過する等形式的要件に欠くところない限り、これを受理し審査をなすべき義務を負うもので、当該処分が果して不利益処分を構成するか否かは審査により判断せらるべきものであつて、審査に入ることなく、当該処分が不利益処分に該当しないという実質的判断をし審査請求の受理を拒み不適法として却下することは違法であると述べ、証拠として当審証人西塚喜久美の証言を援用したほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、いづれもこれをこゝに引用する。

理由

控訴人が昭和一三年三月二二日青森県立師範学校を卒業し同月三一日同県公立小学校訓導に任ぜられて以来、現職青森市立第一中学校教諭に補せられたこと、控訴人は青森県学校職員給与条例第五条によりその例によるとされる同県職員の給与に関する条例第四条に規定する昇給期間の充足とともに、常に昇給せしめられ、昭和二九年一〇月一日九級八号(月額二万一、二〇〇円)を給与する旨発令され、その後条例の改正により昭和三〇年一月一日右九級八号は六級八号となつたこと、従つて右条例によれば、控訴人は昭和三〇年七月一日には六級九号給料月額二万二、〇〇〇円、昭和三一年四月一日には六級一〇号給料月額二万二、八〇〇円に各昇給せしめられることあるべき期間を充足したことゝなるわけであるが、現実には、昭和三一年五月二三日に至り漸く同三〇年七月一日に遡り、給料月額二万一、六〇〇円を給する旨発令されたにすぎないこと、そこで控訴人は昭和三一年六月一八日青森市教育委員会に対し前記各条例の定めるところに従い昇給せしめるよう申立てたが、却下されたので、同年七月一〇日地方公務員法第七条に基づき事務の委託を受けた被控訴委員会に対し、青森市教育委員会が控訴人を前記各条例により昇給せしめず控訴人の昇給請求を拒否したこと、昇給基準を誤り過少に昇給せしめたことは意に反する不利益処分であるとして審査の請求に及んだところ、被控訴委員会は右請求につき本案の審査に入ることなく、青森市教育委員会は何ら不利益処分をしていないし、右半額昇給の措置は特例条例(学校職員給与条例の給料表の特例に関する条例)施行の結果にほかならないとの理由で却下し、その旨控訴人に通知したこと、以上の各事実は当事者間に争がない。

よつて被控訴委員会が控訴人の右不利益処分に関する審査の請求を却下したことの適否について検討する。

地方公務員法第四九条四項によると不利益処分に関する説明書の交付を受け又は受くべかりし職員は所定の期間内に人事委員会に対し当該処分の審査を請求することができる旨規定し、同法第五一条に根拠する青森県人事委員会規則一一―一「職員の意に反する不利益処分に関する審査の請求及び審査の手続等」(乙第二号証)第九条(審査の請求の受理及び却下)第一項は「審査請求書が提出されたときは、人事委員会はその記載事項及び添付書類並びに処分の内容、請求者の資格及び審査請求の期限等について調査し、審査の請求を受理すべきかどうかを決定するものとする」と規定し、これを同規則の他の諸規定と対照考察するとき、右規定により本案の審査に立入らず審査請求を不適法として却下し得るのは、提出された審査請求書に不備がありこれを補正しないとか、請求者が審査請求をなし得る資格のない者であるとか、審査請求の法定期間を徒過したとか、等審査請求書の記載上、明白なかしのあることが認められる場合であると解すべく、従つて「処分の内容」もまた、任命権者の処分の内容が審査請求書の記載から何ら不利益処分といゝ得るものを包含していないことが明らかであるときと解すべく、証拠調の結果によるものでなければ、当該処分が不利益処分となるか否か明らかでない場合のごときは右規定により審査の請求を却下するを得ず、審査の請求を受理しなければならないものと解するのが相当である。

そこで進んで先ず青森市教育委員会が前記特例条例により昇給措置した点は後述するところとし、前記学校職員給与条例の定めるところに従い控訴人を昇給せしめなかつたこと(ないし右条例による控訴人の昇給請求を拒否したこと)を理由とする審査請求が、審査請求書の記載上明白に不利益処分の存しない場合といゝ得るか否かについて検討する。

青森市教育委員会が控訴人を学校職員給与条例に従い昇給せしめなかつたのは、同条例に優先して適用さるべき前記特例条例に拘束されこれに従い昇給せしめた結果にほかならず、その間何ら不利益処分は存しない。

しかのみならず、

前記学校職員給与条例がその例によるとされる前記職員給与条例第四条には所定期間を良好な成績で勤務した職員は昇給させることができると規定し、また、任命権者の昇給発令権の行使が公平、平等の原則を無視する等恣意専擅に陥ることのあつてならないことは関係法規上もちろんであるけれども、右条例同条が「……昇給させることができる」(四項)「昇給は予算の範囲内で行わなければならない」(七項)等規定するところに徴し且つ給与制度の目的を考慮すれば、昇給についての任命権者に対する法律及び条例の拘束は客観的拘束であつて、職員に対し、それを要求する権利即ち昇給請求権、又は法的意味における昇給期待権を与えるものではなく、昇給についての職員の権利なる観念はこれを認め得ない。従つて法定の基準に達するときは昇給せしめられるという職員の利益は認められても、その性質は単なる事実上の反射的利益であるにすぎず、任命権者が法定の基準に達した者に対し昇給措置に出でず、その結果右の利益が侵害されたとしても、この措置を目して不利益「処分」ということはできない。或は右の利益は法律上保護に値する利益としてこれが侵害は不利益処分を成立せしめるとの論があるかもしれないが、給与に関する諸規定に照らし且つ、かくては結局任命権者に対し昇給措置に出ることを要求する権利を認めることに帰着し、不当と考えられる。本件において前記特例条例に拘束される、任命権者たる青森市教育委員会が前記学校職員条例(職員条例第四条)により控訴人を昇給せしめなかつたことを目して控訴人主張のように権利ないし法的利益の侵害とみるを得ず、審査請求書の記載上不利益「処分」の存在しないこと明白な場合と認められるので、被控訴委員会が控訴人の審査の請求を却下したのは正当であるといわなければならない。

次に控訴人が前記のごとく、半額の遡及昇給をしたのは昭和三一年五月四日施行され同三〇年四月一日に遡つて適用された、前記学校職員給与条例に優先する前記特例条例に任命権者たる青森市教育委員会が従つた結果であること極めて明白であり、しかも、この昇給措置は控訴人の利益にこそなれ、何ら不利益になるものではないし、権利侵害的処分もまた存しないから不利益処分に当らないともまた、一見明白であるから、被控訴人がこの点に関する控訴人の審査請求を却下したのも正当である。

控訴人は右昇給処分は控訴人の既得の昇給権を侵害しまた教育公務員特例法第二五条の五に違反する無効な右特例条例に基づくもので審査の対象となり得るごとく主張するけれども、昇給に関する権利なる観念の認め得ないことは前述のとおりであり、また、右特例法に違反するものとも解せられないから、控訴人の右主張も採用し難い。

それで原判決が前記人事委員会規則第九条一項をあたかも、審査の対象たる不利益処分の存在しないことが証拠調の結果判明する場合をも含むごとく解するとともに任命権者が恣意により特定の職員を公平平等の原則を無視して昇給せしめない場合は不利益処分に当ると解し、証拠調の結果、控訴人を学校職員条例に従い昇給せしめなかつた点につき公平平等の原則に反した事実はなく不利益処分は存在しないとなし、また、半額の遡及昇給の点については、特例法施行の結果であるとして被控訴委員会が控訴人の審査請求を却下したのを正当と認め控訴人の本訴請求を棄却したのは、その理由において失当であるけれども、その結論においては相当で、本件控訴は理由がない。

よつて民訴法第三八四条二項第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 籠倉正治 岡本二郎 佐藤幸太郎)

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